認定理学療法士インタビュー「資格はゴールではなく、ここからがスタート」

「島民の皆さまにどれだけ質の高いリハビリテーションを提供できるか」を目標に、これからも自己研鑽に努めます。

 

これまで脳卒中による片麻痺は回復しないとされてきましたが、脳には損傷した神経細胞を補う能力があることが分かってきました。当センターではその能力を利用したリハビリテーションを積極に取り入れ、効果を上げています。種子島には脳卒中等の脳血管障害による半身麻痺や高次脳機能障害を抱える患者さんが多く、「しあわせの医療」の実現のためにも脳血管障害のリハビリテーションの強化は課題となっています。脳卒中領域において専門的な知識やスキルを有する脳卒中認定理学療法士である山口純平さんに、自身が目指すリハビリテーションについてお話をうかがいました。

 

 

 

― 認定理学療法士について教えてください。

 

認定理学療法士とは、日本理学療法士協会が定める制度で、脳卒中や運動器などの7分野23領域からなります。それぞれの認定領域において専門的な臨床能力を備え、社会・職能面における理学療法の技術やスキルを有することが認められた者をいいます。

 

総会員数が約12万人いる理学療法士のうち、認定理学療法士資格取得者は全体の6%の8千人ほどで、私は神経理学療法分野における脳卒中領域の認定理学療法士の資格を取得することができました。

 

― 脳卒中領域の認定理学療法士を目指したきっかけは何ですか。

 

当センターの入院患者さんのうち、昨年度、脳卒中領域のリハビリテーションを行った数は356件と、種子島には脳血管障害(脳卒中、脳梗塞、脳出血など)による半身麻痺や高次脳機能障害を抱える方が少なくありません。おそらく味の濃い食事を好む県民性に関係していると思いますが、他県に比べて鹿児島は脳卒中になる人が多いんです。

 

患者さんと関わっているうちに、もっと専門的に脳卒中のリハビリテーションをしていかなければと思うようになりました。そんな時に川平和美先生から促通反復療法(川平式)を指導していただく機会があり、脳卒中による片麻痺が回復する可能性があることを目の当たりにしたんです。その体験が大きな動機付けになっています。

 

― 促通反復療法とはどのようなものですか。

 

脳血管障害によって破壊された脳の神経細胞は再生しないため、これまで麻痺は回復しないとされてきました。しかし、研究により脳には、神経細胞群が新たなネットワークを築き損傷した神経細胞を補う能力(脳の可塑性)があることが明らかになってきました。

 

促通反復療法(川平法)とはその能力を利用したもので、川平和美先生(鹿児島大学名誉教授 促通反復療法研究所「川平先端リハラボ」所長)によって提唱されました。つまり、麻痺した手や足に刺激を与えることで損傷した部分の代役を果たす脳神経回路を再建、強化し、機能回復を促進する手技のひとつです。

 

― 動かなかった手や足が動き、歩けるようになると?

 

そういう方もいて、当センターでは積極的に脳卒中による片麻痺患者さんの治療に促通反復療法の手技を取り入れています。しかし、私がしても変化のなかった患者さんに先生が直接施術されると動かなかった指が動くようになったり、動かなかった足がスムーズに出せるようになったりと、すぐに効果が表れたのを見て驚きました。もちろん、効果を持続させるにはリハビリを続けなくてはなりません。

 

それに衝撃を受け、脳卒中患者さんのためにより専門的な治療法を学んで、雲の上の存在である川平先生に少しでも近づきたいと思うようになりました。本来なら東京の研究所に行かなくてはいけません。でも、当センターでは川平先生に来ていただいて直接指導を受けることができます。恵まれた環境で仕事をさせていただいていることは、自分だけでなく、私たちスタッフにとって刺激になっています。

 

 

― 脳卒中認定理学療法士の資格を取るのは大変ではありませんでしたか。

認定理学療法士試験を受けるには、決められた研修会や学会に参加して出願に必要なポイントをためなくてはいけません。現在はリモートで研修会に参加できますが、私の時は毎回鹿児島へ出向かなくてはならなくて、毎月1回、脳卒中にかかわる分野の研修会に通いました。さらに症例レポートを10症例提出しなくてはならず、それでようやく試験が受けられるんです。そのために10カ月かけ休日返上で出願資格を取りました。

 

― どうやって仕事と両立させたのですか。

 

毎日の業務でカルテを書いていますので、症例レポートはこれまでの症例をまとめて提出できましたし、当センターでは、院内の勉強会をはじめ、研究発表でレポートを書いたり、人前で話したりすることが多く、日ごろから訓練されているので、出願準備はそれほど苦労しませんでした。

 

ただ、離島ということもあり、研修や試験会場の福岡に行くにも交通費がかかります。試験料については病院から支援がありますが、それ以外は自分持ちなので真剣です(笑)。それだけに資格を取るには覚悟と高い意識が必要ですが、そのおかげでしっかりと計画を立てて進めて行ったので、1回で合格できたんだと思います。

 

― 新しいことにチャレンジしやすい環境づくりをしているんですね。

 

院外で行われる学会発表も多く、発表者の手伝いをしたりと、ほぼ毎年、全員が携わっています。うちのスタッフは、新人の時からいろんなことに取り組んで人前で発表するなど、事あるごとにアウトプットの機会を設けているので、自然とどんなことでも臆さずにチャレンジできるようなります。こうした環境は他にはあまりないかもしれませんね。

 

― 脳卒中認定理学療法士としてどのような仕事をされているのですか? また資格を取得したことで何か変わりましたか?

 

主任として管理業務や後輩へのアドバイスを行いますが、スタッフと同じようにさまざまな患者さんのリハビリテーションを担当しています。

 

リハビリテーションは結果がすぐに出るものでも、全員に同じ治療をできるわけでもありません。例えば促通反復療法は、意識のない患者さんにはできませんので他のアプローチ法を考える必要があります。治療の結果が出ない場合は、違う方法を試していかないといけません。特に脳卒中の理学療法は、脳、神経に関与するだけに100%の結果を出すのは難しいんです。

 

資格を取ったからといってやっていることは変わりませんが、裏付けをしっかり勉強したことできちんとアプローチできるようになりました。治療手段の幅も随分広がり、患者さんに合った治療を選択できるようになったことで助けられる人が増えたように思います。なかなか結果が出ずに困っている療法士に対しても、効果的なアドバイスをしやすくなりました。

 

― どんなことを大切にしてリハビリテーションを行っていますか?

 

足の手術をしたにも関わらず、何もせずに過ごしたせいで膝が腫れて当センターにこられる高齢の患者さんは、割といらっしゃいます。手術の成果を生かすには、術後のリハビリテーションが重要だと思いますが、高齢者の中にはリハビリテーションを嫌がる方もいらっしゃいます。認知症となるとさらにリハビリテーションを行うのが難しくなります。

 

そういう方には無理して治療を進めないようにしています。まずは趣味の話といった日常会話から始めて、あせらず信頼関係を築くことに努めます。そうすると「リハビリをやってみようかな」、と受け入れてくれるようになることが多いので。認知症の方の場合は、ご家族や看護師さんに話をうかがい、本人の意思を確認しながら進めますが、行うのが難しい場合は担当医師から説明してもらうなど周囲の力を借りながら無理のないよう少しずつ治療するようにしています。

 

― 患者さんの心に寄り添うリハビリテーションをされているんですね。

 

こうしたことは先輩方にうかがい、教えていただきながらできるようになりました。当センターには尊敬できる先輩方がたくさんいるおかげで、自分がやりたいことができ、いい経験ができているので、今度は自分が後輩たちにとってそういう存在になれたらと思います。まずは、自分が認定の資格を取ることで、他の人たちも興味を持ってくれたらと思っていますが、資格を取る後輩たちが増えているのでうれしいです。

 

今年は整形分野の運動器認定理学療法士の資格を目指す予定です。脳卒中と運動器の2つの認定資格を取ることで、種子島の患者さんのほとんどをフォローできると思うんです。

 

― 「しあわせの島、しあわせの医療」へ向かっていますね。

 

島民の皆さまのためにどれだけ良いリハビリテーションを提供できるかというのが、これから目指していくところです。資格を取得したことがゴールではなく、そこからがスタート。これからも理学療法士として自己研鑽に努めていかなくては、川平先生や先輩たちに追いつけません。今は目指す人が身近にいるので、目標として進んでいる感じです。

 

― これからも期待しています。ありがとうございました。