患者さんのニーズに真摯に耳を傾け、種子島で安心してがん治療を受けられる体制づくりに努めています。
近年、種子島医療センターでは、島民のみなさまが島にいながら治療を受けられるようにがん医療の整備を進め、現在「地域がん診療病院」として、がん検診による予防・早期発見、がん専門医による診断、最新のがん治療、専門のスタッフによるケアを提供できるようになりました。当センターのがん医療の取り組みについて、「がん化学療法看護認定看護師」の山之内信さんにお話をうかがいました。
―がん医療を提供するうえで、種子島ならではの難しさはありますか?
種子島では超高齢化が進み、がんの罹患率も全国並みに高くなっています。ところが、がん治療の普及、特に高齢者のがん治療に対する理解が得にくいという問題があります。これは、種子島に限ったことでありませんが、特に高齢者に実施されるがん治療のもたらす「利益」と「不利益」の差がそれほど大きくないことが、高齢者への治療を難しくしています。例えば、治療に伴う副作用や合併症、後遺症への不安など、治療によって得られる余命に対する利益と不利益を考えると、高齢者は若い世代に比べると不利になる場合が多くあります。
―当センターではそうした高齢者のがん患者さんにどのよう対応しているのですか?
島内完結医療を目指す当センターにとっても、がん医療の推進は大きな課題でした。そこで、がん治療についても積極的に取り組み、2010年に「鹿児島県がん診療指定病院」の指定を受け、2016年には「地域がん診療病院」の指定を受けることができました。「地域がん診療病院」とは専門的ながん医療の提供、がんの相談支援、情報提供などの役割を担う病院のことで、がん診療連携拠点病院がない二次保健医療圏において、がんの専門病院である「地域がん診療連携拠点病院」と連携し、都道府県の推薦を基に国が指定するものです。
当センターは現在、熊毛地区におけるがん医療の大きな役割を担う機関として、がんの予防検診を行うほか、がんの専門医、がん化学療法看護認定看護師が常勤し、「県がん診療連携拠点病院」である鹿児島大学病院と連携しながら本土と比較しても遜色ない最新の治療を受けられる環境を整えています。また、近年注目されている遺伝子情報に基づいた個別化医療(ゲノム医療)にも積極的に取り組み、「がん難民」が出ないよう高齢者も安心して島内で最新のがん治療やケアが受けられる体制を整備しています。
―以前に比べて、種子島のがん医療は随分進んでいます。それでもまだ、がん治療に対して不安を持たれている患者さんは多いように感じます。
不安になるのは当然です。しかし、その大きな原因はがんに対する知識が不十分であることにあります。これまでのがん治療は、「がんと闘う」というイメージでしたが、近年は、「がんと共存していく」ことが主流となり、副作用の少ない薬や苦痛を和らげる体制が整ったことで、以前ほどつらいものではなくなってきました。
現在はがん治療の一歩として、まずは①患者さんが納得して治療を受けられるように十分に話し合い、②どのような治療や生活を望んでいるのか患者さんの意思を尊重しながら意思決定の支援を行うことから始めます。そのうえで、個々の患者さんに適した最適な治療を選択し、がんと共存するための、専門スタッフによるがんのリハビリテーションや緩和ケアといったサポートを行い、地域の医療機関と連携を取り合いながら可能な限り島内で患者さんが望む治療が受けられるように考慮しています。
こうした取り組みをもっと知っていただければ、高齢の患者さんはもちろん、島民のみなさんも安心して島内でがん治療を受けていただけると考えています。
―当センターではどのようながん治療を受けられるのでしょう。
「手術療法(外科治療)」、「化学療法(抗がん剤治療)」、「放射線療法」が、三大治療と呼ばれるがんの標準治療です。当センターでは、これらの療法のうち「放射線治療」を除いた「手術療法」、「化学療法」を行い、腹腔鏡手術も標準的に導入しています。近年はゲノム医療に基づく分子生物学的検査を実施し、「免疫チェックポイント阻害剤」や「分子標的薬」と呼ばれる新しい抗がん剤を用いた「免疫化学療法」も導入しています。
放射線治療については、「県がん診療連携拠点病院」である鹿児島大学病院、「地域がん診療連携拠点病院」である鹿児島医療センター、鹿児島市立病院を始め、鹿児島市内の病院と連携して行っており、この他の先進医療についても提供できる連携体制を整えています。
さらに、自宅で生活し働きながら治療を続けられるように、「外来化学療法」や「緩和ケア」、「がんのリハビリテーション」にも積極的に取り組み、地域と連携しながら患者さんをサポートしています。
―「緩和ケア」とはどのようなもので、どんなケアを受けられるのでしょうか。
緩和ケアとは、がんによる症状の他に、痛みや倦怠感などの身体的な症状、悲しみ、将来への不安といった精神的な苦しみなど、がん患者さんの体と心の苦痛を和らげる医療やケアのことをいいます。緩和ケアについては、治療ができなくなった患者さんに行う「終末期ケア」との誤解がありますが、患者さんやご家族に対して、がんと診断された時から伴うさまざまな苦痛を緩和するためのものです。
当センターには緩和ケアチームがあり、緩和ケア委員会や毎週カンファレンスを行い、多職種で意見交換し、その方に必要なサポートをしています。このほか、療養やセカンドオピニオン、緩和ケアやお金に関する相談など、がんに伴うさまざまな問題を相談できる「がん相談支援センター」を設置し、現在は新型コロナウイルス感染対策のため休止していますが、「がんサロン」、「ケアカフェ」を開き、がん患者さんやご家族同士の交流や意見交換の場も提供しています。
がんになっても安心して治療できる体制を整えていますので、ひとりで悩まずにまずは私たちに相談していただきたいと思っています。
―あまり聞きなれない言葉ですが、「がんのリハビリテーション」とはどのようなことをするのでしょうか。
がんになると、がんによる痛み、息苦しさ、倦怠感、手術や治療による身体機能の低下や障害、食欲低下により日常生活に支障が出るなど、QOLが著しく損なわれがちです。これまで通りの生活を維持できるように、身体の機能回復や運動能力の維持を行うのが「がんのリハビリテーション」です。
当センターは、がんのリハビリテーションの研修を受けたスタッフが多いのも特徴で、がん治療による合併症や後遺症を予防し、術後の回復を図れるようにしっかりと寄り添っています。
―ところで山之内さんは、どのような理由でがん化学療法看護認定看護師資格を取得されたのですか?
化学療法室と手術室、外来師長を兼務していた時期があり、業務に追われる日々を過ごす中で、自分は真剣に患者さんと向き合えていないと感じていました。丁度その頃、当時外科部長をしていた医師からがんについて専門的にやってみないかと認定看護師の資格取得を勧められたことがきっかけです。がんのスペシャリストになることで、もっとがん患者さんに寄り添う看護ができると思いチャレンジしました。
―もう少し具体的にがん化学療法看護認定看護師の役割について教えてください。
患者さんが安心して治療が受けられるように細心の注意を払って抗がん剤を安全に投与することだけでなく、服薬指導やセルフケアの支援、副作用対策の指導などを通して、患者さんが治療で生じる副作用や不安をできるだけ軽減し、その人らしい生活を送りながら治療を継続できるようにサポートするのが主な役割です。
それには、院内の看護師やコメディカルスタッフへがん化学療法や抗がん剤の曝露対策などの勉強会を実施したり、抗がん剤という特殊な薬剤を扱うがん治療に携わる医療スタッフを支援、指導したりすることも大事な役目であり、院内の看護師からがん化学療法についての相談やスキルアップについての相談も受けています。
―資格を取得してから何か変化はありましたか?
がんが患者さんに与える影響は、身体だけではないこと、精神的、社会的、スピリチュアルな面といった様々な側面から患者さんを理解する必要があることに気づきました。
それからは、病気や症状だけを見るのではなく、患者さんとしっかり向き合うこと、自分がどれだけ知識や技術を身に付けても、答えは患者さんが持っているということ、患者さんにケアを提供する前にまず患者さんの気持ちを考えることを忘れないようにしています。そして、常に心掛けているのは、押しつけの看護になってはいないか、と考えながら行動することです。
がん化学療法看護認定看護師としてやりたいこと、やらなくてはならないことはたくさんあります。しかし、現在は、専従ではなく専任という立場なので、限られた時間をいかに有効に使い、認定看護師として活動する時間をいかに捻出するか、それが最も苦労するところです。
―制限された中で活動するのは大変だと思います。それでもがん化学療法看護認定看護師になってよかったと思うのはどんな時でしょうか。
腹水がたまってとても痛みが強いはずなのに、常に笑顔をみせようとする患者さん。「この病気になってよかった。今まで知らなかった多くのこと知ることができて、この病気に感謝している」と言った患者さん。この仕事を通して素敵な患者さんたちと出会え、やさしさ、強さ、生き方に触れて、ひとりの人間として多くのことを教えていただいています。
仕事の魅力はそれだけではありません。抗がん剤治療を終えた患者さんが、「別の診療で来たからついでに顔を見に来たよ」と化学療法室にひょっこり顔を出してくれることがあります。つらい治療を乗り越える姿を知っているだけに元気な姿を見せに来てくれた時、心からがん化学療法看護認定看護師になってよかったなと感じます。
―2020年に新型コロナウイルスが流行し、2021年には種子島でも感染が広がりました。がん患者さんにも影響があったのではないでしょうか?
島内に感染が広がる前から患者さんにもできる感染対策を一緒に考え、患者さんやご家族に指導してきました。さらに当センターの感染管理認定看護師に相談し、協力し合いながら患者さんのサポートを行っていますので、現場はパニックにならずに対応できています。
ですが、不安を訴える患者さんから多くの問い合わせがありました。当センターでは感染対策を十分にとっていることを説明し、ご自身も感染対策をとってもらうよう指導するようにしたところ、過剰に心配することはなくなり、落ち着いて行動していただけました。
―院内では具体的にはどのような対応をされたのですか?
流行時は、比較的込んでいない時間帯に診察の予約をしていただいたり、採血結果が出るまでは自分の車で待機してもらい、結果が出た時点でこちらから携帯電話に連絡して来院してもらったりと、他の患者さんとの接触時間をできるだけ少なくするような工夫をしました。
がん治療を受けている患者さんが自宅で体調を崩された場合は、まず化学療法室へ電話をしてもらうようにしました。症状などをお聞きし、必要に応じて当センターの発熱外来と連携を取り、状況に応じて適切な対応、患者さんに負担のかからない対応を心がけました。
―新型コロナウイルスの流行によって何か影響はありましたか?
悪いことばかりではなかったように思います。例えば、これまで以上にスタッフが一致団結して対応するようになったと思いますし、今まで島外で抗がん剤治療を受けていた患者さんが感染リスクを考え、当センターで治療を望むケースが増えたことは、プラスの面ともいえます。
―最後に、今後、種子島医療センターでやりたいことについてお聞かせください。
種子島の医療は、マンパワー不足や社会的資源が弱いといった問題を抱えています。この島のがん患者さんのニーズに応え、サポートしていくには、化学療法室だけでも種子島医療センターのスタッフだけでもなく、他の病院や行政、地域を巻き込んだ島全体の横のつながりが必要です。
まだまだ仲間が少ないので、もっと多くの仲間を作っていきたい。小さな島では、そうしなければがんと闘えないですし、反対に小さな島だからこそできると思っています。
―ありがとうございました。