3月朝礼講話 —しあわせの医療を担う大切な瞬間—

 

私たち医療従事者が仕事における優先順位の中で、最も大切だと気づいている役割は何だろうか? 多分それは、私たちの大切な患者とその家族のために寄り添うこと。なのだが・・・以外に難しい。

 

S研修医の診療行為は患者家族に感動を与えた。彼女が診た患者は、わずか3日間でこの世を去った。しかし、この3日間の彼女の献身的な診療が最も大切なことを教えてくれた。その患者は2週間ほど前に愛妻を突然失っており失意の中にいたのだが、同時に自分の体の異変に気付き本院を受診した。偶然、診療にあたったのがS研修医であった。主訴は呼吸困難で入院精査の結果、右胸部に血性胸水が大量に貯留し、多発性の腫瘍が両肺野と胸膜に認められ悪性疾患の診断であった。

 

この患者への告知は医師としてはやるせない気持ちだったろうと思われる。そして、入院3日目に患者は妻の後を追うように穏やかに息を引き取った。最も大切な時間はその直後に訪れた。両親を看取った娘さんは、父親が息を引き取った瞬間に主治医のあふれる涙を見た。その時、両親を亡くしたことも含めすべてが救われた思いになったと、感謝の念を伝え聞いた。

 

 病院はしあわせと死が交錯するところである。多くの患者さんは希望を抱いて退院されるが、残念ながら永遠の旅立ちを見送らなければならない時もある。すべての患者さんにそれぞれのドラマがあり、その一部を共有することも我々が担う役割の一つかもしれない。死を迎えた患者さんにかけるべき言葉はないが、その人を思いやったあるいは寄り添った証こそが残された家族の慰めになることを知る機会となった。

 

この寄り添うことが自然にできることこそ、しあわせの医療の原点なのかも知れない。

 

 

病院長 髙尾 尊身