個性に寄り添い、過ごしやすい生活環境を整えることも大切です。
当院には言語聴覚士が7名在籍しています。言語聴覚士は、「話す」「聞く」といったコミュニケーションや「食べる」機能に問題のある方へ専門的なリハビリテーションと支援を行い、自分らしい生活ができるようにすることが仕事です。心理的な面からのアプローチも重要で、言語聴覚士の和田楓貴さんは、2022年12月に国家資格である公認心理師の免許を取得しました。言語聴覚士として公認心理師の資格を目指した経緯や今後のリハビリテーションの可能性についてうかがいました。
—— まずは言語聴覚士の仕事について教えてください。
入院した患者さんであれば、生きることに関わる領域である食事から関わっていきます。まず、簡単な検査で口の中の衛生状況や噛んだり飲み込んだりする力を測定し、医師や看護師などに情報を共有します。そして、どのような食品に調整すれば食べられるか、もしくは、どのような練習を行えば食べられるようになるのかを考えて支援に繋げます。
次に食事と並行して発声や発話の障がい、その人らしい生活を送るうえで必要な高次脳機能の障がいといったコミュニケーションのさまざまな側面に関わっていきます。
—— 多岐に渡るんですね。具体的にはどのようにリハビリをしていくのですか。
発声と発話の障がいは、肺や喉や口腔の運動障害によって起こることが多く、これらのどこに困難を抱えているのか考えながら関わります。例えば肺の機能が低下すると話すことの土台である息を吐いて発声することができなくなります。そのため、理学療法士や作業療法士とも協力しながら、呼吸で生じたエネルギーを発声のエネルギーへ変換できるように練習を行います。
具体的には、ストロー、ティッシュペーパー、風船、拭き戻し等とさまざまな道具も使いながら、呼吸の仕方や呼吸のための筋肉筋力をつける練習をします。それから発声や発音に移りますが、脳血管疾患があると喉や口の筋肉のバランスも崩れることもあるので、発声や発音がしやすいように喉と口の筋肉のバランス調整をして声が出しやすいようにします。
—— 高次脳機能障害についてはどうですか。
脳卒中などの病気やケガで脳に損傷を受けると、必要な刺激に注意を払うことができなくなったり、記憶や思考、判断を行う場面で困難を生じたりすることがあります。代表的なものが失語症、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害で、これらを高次脳機能障害と呼びます。
例えば失語症の中には、人の話を聞くことも理解もできるけど、話そうとするとうまく言葉にならない方がいらっしゃいます。例えると、朝目覚めたら突然外国にいて、自分に向けて話しているけど何を言っているのかわからない、あるいは聞き取りはできるけど、言葉が出てこないといった状況と似ているかもしれません。
そうなると意思疎通が難しくなり、日常生活や社会生活の困難につながります。病気や怪我のように症状が明確であれば、多くの人が見ても支援が必要と理解しやすいと思います。しかし、高次脳機能障害などは見た目から分かりづらい分、困難な状況を当事者の中だけで抱え込みやすくなる可能性があり、支援のときに注意する必要があります。
—— 無口だったり、人と話すのが苦手だったり、コミュニケーションがうまく取れないのは、脳に障がいがあるケースもあると?
病気をきっかけに急にそのような状態になった場合、一部はそのような可能性があるかもしれません。特に初対面の状況では、その方の性格等と誤解されてしまう可能性があります。
うまく話せないもどかしさを抱えながら、周囲から理解されず、扱いにくい人と勘違いされないためにも、言語聴覚士としてどうやって関わっていったらいいのか、その人らしい生活を送れるようにするにはどんな支援をしたらいいのか、などと考えなくてはなりません。そうした方の苦しみを理解するためには、心理学の知識を得ておくこともひとつの手段になると考えています。
—— 公認心理師の資格を取った理由は、そこにあるのでしょうか?
公認心理士免許の資格取得を目指したのは、心理学の知識を深めたかったからです。心理をより学ぶことでコミュニケーションに関した支援についてより理解が深まると考えました。心理学というと気持ちや感情といった心の方をイメージしやすいですが、脳機能そのものでもあります。これは、言語聴覚士が扱う高次脳機能やコミュニケーションと共通します。
お互いに関わりづらい状況でも、脳機能やコミュニケーションといった心理学に関連する知識を持つことでいろんな捉え方ができたり、周りの人も優しく関われたりするのかなと思います。
—— その人の個性や状況をより適切に判断し、コミュニケーションがとれるようになれば、適切なリハビリを提供できますね。
リハビリテーション(Rehabilitation)の語源をたどると、病気などで失われた機能や権利が「再び適した状態になる」、「ふさわしい状態に戻る」ことを意味するようです。現代では、リハビリの定義はもっと広く解釈されていて、機能回復や維持だけではなく、その人の心理や心のよりどころになるような部分も受け止めながら関わろうという考え方になっています。
例えば、その人の環境を調整したり、周りの人の対応が変わったりすることで、たとえ障がいがなくならないとしても、その人らしい生活に繋げることができるようになります。そのための支援をすることも、療法士の役割だと思います。
—— ところで和田さんは、なぜ言語聴覚士になろうと思ったのですか?
もともと心理学と教育に興味があった一方で、両親からは医療系を進められました。心理、教育、医療に関われる職業を探したところ、その3つの分野が重なっていたのが言語聴覚士でした。高3の時に担任の先生に相談したところ専門学校を紹介されて進学しました。
言語聴覚士のカリキュラムには、「臨床心理学」、「発達心理学」、「学習・認知心理学」などの人の心の状態を理解する上で必要な心理学に関連する分野が含まれています。言語聴覚士が関わる患者さんには、話すことや聞き取ることが難しいコミュニケーションに問題を抱える方々もいて、そうした患者さんを理解して支援する必要があるからです。実際に言語聴覚士として働く中で心理学について勉強する場面も多くありました。
—— 公認心理師の資格を取ったのは自然な流れだったんですね。でも、受験準備は大変だったのではないですか?
言語聴覚士を目指したきっかけに心理学への興味があったことから、公認心理師の資格を取ったことも自然な流れだったのかもしれません。
本来は公認心理師の資格を取得するために、大学院を経る必要があります。しかし、資格ができて5年の間は実務経験者に受験資格が与えられ、言語聴覚士としての経験を病院に証明してもらい受験の機会を得ることができました。
公認心理師が扱う領域には、言語聴覚士として触れる医療や教育と福祉の分野だけでなく、産業や司法の分野など未知の領域が含まれ、勉強に大変さを感じることもありました。大学院で心理学を学んだ方に及びはしませんが、言語聴覚士として心理学の一部に触れてきたことと、病院から勉強時間の確保に向けた支援もあって、無事、資格取得をするに至ることができました。
—— 資格を取ってどんなことが変わりましたか?
言語聴覚士としての活動の延長線上で働いているので大きく変わったわけではありませんが、小児の知能検査や発達検査でより深くかかわる場面が増えました。知能検査のWISC-Ⅴや新版K式発達検査を実施したり、これらの検査ができる職員を増やすための研修や助言を実施したりすることで生活の場での支援につながるようにしています。そして今後は、言語聴覚士としての経験を基礎に公認心理師としての活動もできたらと考えます。
—— 具体的にはどのような活動をしていきたいと?
障がいのある方は生活の範囲が制限され、コミュニケーションの機会も減りやすくなります。そうすると、コミュニケーションに必要な能力がさらに低下することに繋がります。病院を利用される方はもちろんですが、自宅や地域で困っている方にも支援が届くようにその方を取り囲む環境を含めた関わりを目指したいと考えます。
また、脳機能の障がいの中には周囲がはっきりと理解を示すことが難しいものも多くあります。目に見える障がいよりも支援を受けることが難しく、苦しい時間を過ごされる方もいます。例えば、自閉スペクトラム症の方は周りの人に関心や共感を示すことが難しいとされています。しかし、耳にしたある報告によると自閉スペクトラム症の方だけの集団ではお互いに共感を示したそうです。
—— その人の個性を守り、自分らしく過ごせる環境を整えることもリハビリにとって重要なんですね。そこには公認心理師の資格が生かせそうですが、これからやっていきたい夢や目標があればお聞かせください。
先程の自閉スペクトラム症の例から考えると、その方にとって過ごしやすい状況や環境であれば、その人そのものの矯正を伴わなくても過ごしやすさに繋がることを示唆しています。現在行っている知能検査もその方の能力や特徴を客観的に示すことで、その方を正しく理解することや環境の調整に繋がることを願いながら、思いを共有できるような職員と取り組んでいます。
本人を取り囲む一番身近な環境である保護者や学校の先生方が、ストレスなく落ち着いた状態でより良い環境として在り続けることで、本人の過ごしやすさや発達の促進に繋がると考えます。そのため今後は、これらの活動をより実際の生活に資するような支援に繋げられたらと考えます。
—— 和田さんを始め療法士のみなさんが活躍することで種子島のリハビリがさらに発展していくことを期待しています。ありがとうございました。