種子島医療センター

8月講話  へこたれない心―種子島の医療を支える君へ―

 

種子島の午後の日差しは、ゆっくりと傾き始めています。鉄砲伝来の地として知られるこの島の海岸線を歩いていると、絶え間なく打ち寄せる波の音と、肌をなでる潮風が、何か大きな物語を語りかけてくるような気がします。

 

目の前に広がるのは、紺碧の海に沈みゆく真っ赤な夕日。海岸線の雄大な景色。私たちの心を解放させるその自然の営みは、決して「へこたれない心」そのもののように見えます。しかし、私たちの心は、もっと繊細で、脆いものです。仕事での失敗、人間関係のすれ違い、思うように進まない現実。たった一度の荒波で、砂の城のように崩れ去ってしまうことも少なくありません。

 

へこたれない心」は、古今東西の文学における普遍的なテーマです。作家自身の人生がそのテーマを体現していたり、作品を通じて不屈の精神を持つ登場人物を描いたりと、その形は様々です。マーガレット・ミッチェルによる不朽の名作、『風と共に去りぬ』で主人公スカーレット・オハラの最後のセリフ「Tomorrow is another day.」はあまりにも有名です。

 

私たちは、つい完璧を目指してしまいます。失敗しないこと、間違えないこと、常に強くあること。しかし、人生は、まるでロケットの打ち上げのようです。この島から宇宙へと飛び立つあの鉄の塊が、数えきれない失敗と挑戦のデータを積み重ねて大気圏を突破するように、私たちの人生もまた、失敗という貴重なデータなくして、次のステージへ進むことはできないのです。

 

あるいは、一度波にさらわれて形を変えても、また次の波を穏やかに受け入れる砂浜のような、受容の力なのかもしれません。つまり、「倒れないこと」ではなく、「倒れても、また立ち上がる力」。それが、へこたれない心の本質なのでしょう。

 

そして、何よりも大切なのは、自分だけの「港」を持つこと。心が疲れた時に、いつでも帰ってこられる安全な場所です。それは、好きな音楽を聴く時間かもしれないし、気の置けない友人と交わす他愛のないおしゃべりかもしれません。あるいは、家族との楽しい夕食、子供たちとのおしゃべりが、それにあたります。そのしあわせを感じる時間が、「また明日、もう一度やってみよう」という小さな勇気を心に灯してくれます。

 

へこたれない心とは、特別な誰かだけが持つ才能ではありません。転んだあとに、ゆっくりと膝の砂を払い、空を見上げて、もう一度一歩を踏み出す。その繰り返しのうちに、少しずつ育まれていく、しなやかで温かい強さのことなのだと思います。

 

種子島の海が、今日も語りかけます。「大丈夫、また明日になれば、新しい波がやってくる」。

病院長 髙尾 尊身