種子島医療センター

2月講話  種子島、しあわせの医療。「あるがまま」を包み込む島へ

 

種子島の海は、きゅ(今日)も静かに凪いじょります。 じゃっどん、わが達の病院の救急外来は、ちっと違う種類の「嵐」の中にあります。

 

むかしゃあ、救急医療の主役ちいえば、脳卒中や心筋梗塞ちいうた「命の危機」にある患者さん達じゃった。 ばってん今、サイレンと共に運ばれてくる患者さんの多くが、別の苦しみを抱えちょります。 そいは「認知症」ちいう、なげー(長い)、出口の見えん霧の中での戦いです。

 

「夜中に家を飛び出してしもうた」「家族の顔がわからじ、暴れてしまう」「飯を食うのも忘れてしもうた」。 ご家族からの悲痛なSOSを受けて、救急車が走ります。 運ばれてきた「おんじょー」や「ばきー」は、ここがどこかわからじ、おじって(怖がって)、混乱しちょります。 医学的な「緊急手術」がいるわけじゃなかかもしれん。 じゃっどん、彼らとその家族にとっては、まさに「人生の緊急事態」じゃっど。

 

ここで、わが達「断らん救急」の真価が問わるっとです。 認知症の患者さんを、ただ「手のかかる患者」「対応が難儀」ちして処理してしまうんか。 そいとも、その混乱の奥にある「不安」に耳を澄ませるんか。

 

認知症が増えていく社会で、「しあわせの医療」ち何じゃろか。 おいは、「忘れていくこと」を不幸ち決めつけん強さを持つことじゃち思います。

 

たとえ、きゅの出来事を忘れ、愛する家族の名前を思い出せんごとなっても、その人がこの島で生きてきた「歴史」までが消えるわけじゃなか。 本人が忘れてしもうても、おい達は覚えちょります。 「おんじょー」が、かつて荒波の中で漁をしよった勇ましい海の男じゃった、 「ばきー」が、誰よりも優しい笑顔で台所に立っちょった、ことを。

 

医療の役割は、失われた記憶を無理やり引き戻すことだけじゃあなか。 「ここは安心できる場所じゃっど」ち、言葉じゃなく、態度と環境で伝えること。 暴れる手を力で押さえつけるんじゃなく、その手がかつて誰かを愛し、守ってきた手じゃちいうことを敬いながら、そっと握り返すこと。

 

そして、疲れ果てたご家族に対し、「一人で抱え込まんでよか、おい達がおるが」ち、介護老人保健施設(わらび苑など)や地域みんなでスクラムを組んで支えること。 そいこそが、わが達の掲げる「One Crew, One Mission」の本当の意味じゃっど。

 

認知症になっても、島にはあんたの居場所がある。 記憶が薄れても、島の誰かがおはんのことを覚えちょる。 そう思える安心感こそが、認知症ちいう不安の霧を晴らす、ただ一つの「特効薬」じゃなかろか。

 

「しあわせの島」ちいうとは、記憶力や頭の良さで人が選別される場所じゃなか。 忘れてしもうたことも含めて、その人の「あるがまま」が夕陽のごと優しく包み込まれる場所じゃっど。

 

わが達は、そげな医療とケアの拠点を、この種子島で守り続けていきたいち思うちょります。

 

病院長 髙尾 尊身