
おばあさんが診察室に入ってくるなり、こう言いました。
「田んぼに鴨が来て稲の苗を荒らすので困っとい。追い払おうと思うて、フライパンが折れるまで叩いたばって全然逃げていく様子がなか。先生、鈴を買うてきてくれんか?」
本当の話です。
「百均でたいて買ってくいから」と答えましたが、それ以来、そのおばあさんとは会っていません。あのおばあさんの田んぼは大丈夫だったのでしょうか。
訪問診療に出かけると、いろいろな方のお宅を見て回ります。“ポツンと一軒家”というテレビ番組を好きでよく見ていますが、そんな家も種子島には少なくありません。そんな家には、だいたい先祖代々の写真や賞状が壁に飾ってあって、その家の歴史を感じます。若い人が島を出て、今はお年寄りしか住んでいなくても、何十年か前は家族みんなで仲良く生活していた匂いを感じます。
時代の変化といえばそれまでですが、そんな光景をみると少し寂しい気持ちにもなります。お年寄りだけで、畑を耕し作物を植え、田んぼで稲を育てることはとても大変なことだと思います。そして、そんな農作業の後には足腰が痛くなったりしながらも「あばや、たいそかえ」と言いながら病院にくるとたくさんのシップをもらって帰ります。
でも、みなさん生き生きとして自然の中の暮らしを楽しんでいるようにも見えます。そんな島で暮らすお年寄りのこと思うと、これからも住み慣れた家で暮らしていけるように、本当の家族の代わりに少しでも手助けしてあげたいという思いが募ります。
私は、種子島生まれの種子島育ちですが10歳の時に鹿児島に出ました。それから島に帰ってくるまで25年かかりました。医師になってからも早く種子島に帰ってきて仕事がしたいと思っていました。なぜかというと、早く種子島で暮らしたかったからです。そして、この大好きな島で、温かくて穏やかな島の人たちのために働きたいと考えていました。
これから離島での医療はますます厳しくなっていくと思いますが、種子島に住む方々に種子島医療センターがあって良かったと思われるような医療を、職員の皆さんと一緒に提供できればと思います。今年度も宜しくお願いいたします。
令和7年4月
理事長 田上 寛容